虹の橋を渡る

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今でもあの子をなんて表現したら良いのか、いい表現が見つからない。

ペットとか猫とか、そういうのは違和感がある。飼い猫って表現するのもなんか変な感じ。

家族。かけがえのない存在。

自分の為に、あの子とのことを語ろう。

 

8月3日の夜遅く、11時半すぎくらいかな。

我が家の猫が虹の橋を渡った。

うちにきてから約19年。

人間で言うと100歳近い老描だった。

 

いなくなったなんて夢で、ほんとはどこかで隠れて眠ってるんじゃないかなって

4日経った今も思う。

大好きだった。どれだけ年を取ってもかわいいと心から思ってた。

眺めているだけで幸せだった。

側で眠ってくれると、起こしたくなくて、見ていたくて、身動きすることすら我慢した。

それだけ大好きだった。

それなのに、いなくなったのに、全然悲しくない。

私にとってあの子はその程度だったのかな。

涙もでない。

 

夏の暑さで身体が痛むからと言われ、翌日には見送ったけど、ほんとは連れて行ったところで目が覚めて、元気に生きてるんじゃないかな。迎えに行ったら喜ぶんじゃないかな。

そんなことを1日に何度か考える。

だって私にはあの子は眠っているようにしか見えなかったんだから。

あの子が旅立った後も、私にはあの子は眠ったようにしか思えなかった。

だからいつもと同じ夜の習慣をこなして眠った。

あの子が眠る姿を眺めて、やさしく撫でて、「おやすみ」と声をかけて寝る。

ちょっと朝方まで眠れなかった以外はあきれるぐらいにいつもと同じ夜を過ごした。

悲しみも感慨も何もなかった。呆然とすらしなかった。

そんな最後の夜だった。

最後ってなんか変な感じ。最後ってなんだろ?

 

朝になって、あの子を見送るために施設に連れて行った。

「最後にお別れしてあげてください」って言われたけど、全然最後だなんて思えなかった。

何度見てもおとなしく眠ってるようにしか見えなかった。

ふわふわとした感覚で「なんでこんなところにこの子は入ってるんだろう」って感じだった。

いまでも箱の中のあの子の背中を思い出す。

昔からあの子を後ろから眺めるのが好きで、背中が特に好きだった。

 

ね、やっぱりあの子は寝てただけじゃないのかな。

迎えに行ってみようかな。

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